Takokimuraの短編

短編小説を不定期で投稿します。ジャンルはバラバラです。

契約打ち切り

 あたりは雪に覆われていてとても寒い。見回したひょうしに鞄から落ちた財布を拾う。こんな山奥で雪に埋まってしまったら、少なくとも春までは絶対に見つからないだろう。危なかった。

 

 遠方まで出張に来るのは初めてではないが、今回はこれまでとは少々事情が違う。東京から北海道にまでわざわざ出向いたのは、長い付き合いの取引先に、契約打ち切りを伝えるためである。

 

 普通ならメールや電話で伝えてもよさそうなところだが、相手方とは私が入社するはるか前からの付き合いで、電話一本で簡単に打ち切りの宣告などとてもできないらしい。直接会って誠意を見せる必要があるとのことで、担当者の上司である私に白羽の矢が立ったのだが、こんな役目はどう考えても貧乏くじだろう。なにせこれから向かう老舗の包丁工房は、年々取引先が減って今では私の会社との取引が売り上げのほとんどを占めている。この宣告は相手方にとっては工房をたたんでくれと言われるようなものだ。

 

 さて、一体どうすれば納得してもらえるだろうか。できることなら契約打ち切りなんて伝えたくないが、しかし我が社の展開する日本料理店も不況のあおりを受けて経営が悪化している。質は悪くても安い他の包丁メーカーに乗り換えるのも仕方のないことだ。第一、これは上が決めたことで私がどうこうできる話ではない。

 

 あれこれ考えているうちに工房に着いてしまった。奥から鉄をたたく甲高い音が聞こえる。責任者だという鍛冶職人の男に事務所へ案内され、契約打ち切りの旨を伝えると、案の定彼はしつこく食い下がった。

「なんとか継続していただけませんか、御社との取引なしではやっていけません」

「そう言われましてもこちらも苦しいんです。もう決まったことですから」

当然ながら男は必死だった。酷なことだが私にはどうすることもできない。小一時間ほど堂々巡りを繰り返した後、私が立ち去ろうとすると、彼は傍らに飾ってあった包丁で新聞紙をきれいに切り裂いて見せた。

「こんなによく切れるのに」

目には涙をうかべていた。引き留める彼を半ば強引にふりほどいて、私は今夜の宿へ向かった。

 

 会社が用意してくれたホテルは、山の中腹にある、最低限の設備だけの簡単なつくりだが、日中の疲れを癒すには十分だ。一階の食堂で食事を終えてベッドに入ってからも、あの鍛冶職人のことが頭から離れない。工房はこれからどうなるのだろう。

 

 なかなか寝付けないので、外へ散歩に行くことにした。ホテルにいる間にまた雪が降ったらしく、雪が一段と深くなっていた。暗い山道を進んだ。

 

 しばらく歩いても相変わらず目に入るのは雪ばかりで散歩にもだんだん飽きてきた。そろそろホテルに戻ろうか。そう思って振り返ると、目の前に見覚えのある男が立っている。腹部に激痛が走った。

 

 男は雪を掘りながらまた言った。

「こんなによく切れるのに」

 

 

 

 

 

いかがだったでしょうか。二作目となる今回はホラー?的なものに挑戦してみました。

我ながら悪趣味なストーリーを思いつくものです(笑)

最後まで読んでいただいてありがとうございました(*^-^*)

大発明

 ここまで長い道のりだった。私が人生をかけて開発した装置が、ついに完成しようとしている。大学を卒業してから二十年余り、家の下に作った地下室に籠りきりで研究に没頭してきた。働きもせず夢を追いかける私に母は毎日食事を用意してくれたし、父が年老いて働けなくなってからは弟が一人で家計を支えてくれた。長年の家族の苦労を思うと胸が苦しくなる。本当に迷惑をかけたと思う。だが決して後悔はしていない。これは数々の犠牲を伴ってでも作り出されるべきものだったと信じているからだ。

 

 さて、これは自分の理想とする人生を疑似体験することができる装置だ。どういうことかというと、この装置が見せる世界の中では、受験や就職、恋愛のような重大な要素から、朝食のご飯粒の数まであらゆることが、コンピューターが自動で解析した自分の理想の通りになる。つまり一片の悔いもない一生を送れるのだ。体験にかかる時間はそう長くはないが、80年程度の時間を圧縮して体験させる、とでも言おうか。

 

 ついに今日、長年夢見てきたこの装置を完成させることができた。大発明であることは言うまでもない。すぐにでも世の中に発表して売り出したいところだが、まずは私が最初の体験者になってみるとしよう。どんなに素晴らしい体験だろうか、想像しただけで胸が高鳴る――

 

 男は自らの発明品に腰掛け、いくつかの機器を身に着けた後、体験時間を30分にセットして起動スイッチを押した。

 

 数分後、体験はまだ途中だったが、男の目には見慣れた地下室の光景が映っていた。

 

 

 

いかがでしたでしょうか(^^)

このブログでは一作目の短編になります。

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